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こんばんは。
小劇場所属のヤマモトです。

今回は、『あゆみ』劇中で描かれるいじめのシーンについて書きます。といってもネタバレはしないよう、軽く触れる程度に留めますのでご安心ください。

劇中、主人公の“私”が同級生たちのいじめに加担してしまうシーンがあります。
それは、客観的な軽い思いの基準でいえば、“軽い”いじめ、といえるかもしれません。
ですが、僕自身、ああいったいじめをする側される側両方経験したことがあるため、台本を読んだ段階でも、心が痛み、苦しかったです。
リハーサル練の段階でも、そのシーンが出た瞬間、嘔吐感を覚えるほど心苦しさを感じました。

おそらく今回の作品を観劇された際に、僕と同じような印象を受けてしまう観客の皆さんがいらっしゃるのでは…と思いました。

いじめに軽い重いはありません。みんなに血が吹き出るまで殴られることも、みんなに無視されることも、両方同じいじめなんです。そこに程度の差はなく、それは長く深い心の傷として残りつづけます。

ですが、だからといって、いじめに加担した“私”が悪かといえば、僕はそれに関しても明言したくありません。
『いじめを見て見ぬ振りした人間も同じ罪』といった考えがありますが、その時いじめに加担しなければ自分が責められ、自分がいじめの標的にされてしまう…そうなればいじめに加担してしまうのは仕方ないことで、それに対し責務を問うのは酷だと感じます。

もちろん、いじめは悪です。
しかし、いじめは絶対になくならない、人が共生する限り、いじめの連鎖は消えることはないんです。

だからこそ物語でいじめ問題について描くことは難しいと感じるのですが、本作ではその“いじめ”に対して、ひとつの解決及び終焉を描きます。
これに対し、個人的には、こんなのなんの解決にもなってない…!と感じると同時に、でもこの方法しかないよな…とも感じました。

みなさんも是非ご観劇して、自分なりに判断してみてください。

ではまた。


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