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ライフイズビューティフル

こんばんは。
小劇場所属のヤマモトです。

今回の演目『あゆみ』がヒトの人生を描いた作品、という事にちなみ、今回は自分なりに考えた人生というモノについて書きたいな…と思います。

人生はヒトがオギャアと生まれてから始まります。しかしおそらく、その時の記憶というのは……およそ3歳ぐらいまでの記憶というのは……殆どの人は覚えてないのではと思います。
両親に『あなたはあの時ああだったんだよ』という思い出話を聞いて初めて、あ、そんな子だったんだなと気づくのではないでしょうか。
なので、人生という定義を当人の記憶の範囲として考えるならば、物心がついてからが人生のスタートになると思います。
ただ、“記憶”というのは、時間が経つにつれ消えていきます。年をとればとるほど今より近い過去しか思い出せなくなる……思い出せたとしても、それは脳裏に深く焼きついた印象深い記憶たちだけでしょう。
だとすると、ヒトが死ぬ直前に想起する記憶たちは、ほんの少しだということになります。これこそが、『人生は短い』と言われる所以でしょうか。
“よい人生とは?”それは、十人十色。ひとつの物差しでは測れません。だけど、人生を記憶と定義するならば、死ぬ前に、あんなことやこんなことがあったと思い出せる記憶が多ければ多いほど濃い人生であり、そのなかにどれだけ自分が幸せと感じる記憶があるかが“よい人生”の定義、といえるのかもしれません。

ただ、死ぬ瞬間のことを考えて日々を生きているヒトは少ないと思います。そもそもそんな先のことなんて誰にもわかりません。せいぜい5、6年後の未来しか、わからないでしょう。それも予測の域を出ません。

その点でいうと、どのような過程を経ればよい人生という結果に辿り着くか?は、誰にもわからない、ということになります。

人生は、予測不可能な存在……という結論になるでしょう。

これらが、僕が考える人生です。

なので、もし僕が人生をよいものにするという目標を持ったならば、自分が幸せだったり、楽しいと感じる記憶の数々を脳裏に残していくことだと思います。

その意味でいえば、『あゆみ』の主人公の“私”の人生は、楽しく、幸せな記憶ばかりではありません。むしろ辛く苦しい記憶のほうが多いはずです。
『あー面白かった!』と笑顔で死ぬことは、“私”には出来ないかもしれません。

では、“私”の人生は不幸だったのでしょうか?
つまらない人生なんでしょうか?
くだらない、意味のない人生なんでしょうか?

その答えを出すのは、皆様です。
皆様に、その目で判断していただきたいです。

是非、ご観劇ください。

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