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思い出の音楽〜3ヶ月前にウォークマン買ったけどまだ何も入れていない



はい。坂本美音です。
本日はマイケル・ジャクソンについて語ろうと思います。

今までの人生、何度もマイケルにハマっては離れていくということを繰り返してきました。
そのマイケルの波を振り返っていきたいです。




~第一次マイケル期〜
小3くらいだったでしょうか。
マイケル好きな母に初めてマイケルのライブ映像を見せられ、まんまと母の策略にハマり、学校でムーンウォークしまくりました。

可愛いもんですね。
この時はまだ、なんか凄いな〜っていう程度にしか考えていませんでした。




〜第二次マイケル期〜
中学生になった頃、母がPV集を買ってきました。何気なく一緒に見ていた私。

その時「Remember the Time」が流れる。金の輝きを放ちながら舞うマイケル。中学生の私にはかっこよすぎた。

可愛いもんですね。
母にマイケルが好きなことがバレるのが嫌で、母の目を盗んでいろんなPVを見まくっていました。




〜第三次マイケル期〜
高2で留学している間、街でマイケルが流れていたか何かのきっかけで久しぶりに見てみようかなと思い、またもや「Remember The Time」の動画をポチり。

えっやば…輝きすぎない…めっちゃヒラヒラしてる…美しすぎでしょ…。

さらにプライベート動画をポチり。

かわいい…クリスマスプレゼントで水鉄砲貰って喜んでる大人かわいい…。

こんな感じでネットサーフィンの波に乗り、どんどん深みへハマっていきました。

可愛いもんですね。
翻訳されていないインタビューを聞き取ろうと英語を必死になって勉強出来たので、留学にはプラスになったのではないでしょうか。

今では「You Are Not Alone」を聴いただけで精神を抉られるくらいにはなりました。

「君は一人じゃない。僕がそばにいるよ。」と歌い上げているくせに本人もう死んでるんですよ?
こんなに優しく歌ってくれているのにそばにいないという悲しさ。耐えきれん。



さて、今回の公演でも人の心に訴えてくるような音楽が多く流れます。名曲と物語の融合をお楽しみください。

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『COMPOSER~響き続ける旋律の調べ』
作:森崎博之 演出:間宮大貴
日時:12月15日(金)18:30
12月16日(土)13:00/18:30
12月17日(日)13:00
会場:同志社大学新町別館小ホール
料金:無料(予約優先です)

ご予約はこちら→https://goo.gl/NVpzXk

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思い出の音楽~悲しみの忘れ方


受験期ってめっちゃ勉強したくなくなりません?

どうも、今回の担当は岩越です。

話を戻しまして、受験期って特にやることないじゃないですか。暇なんですよね。

で、そこで自分が行きついた暇つぶしがそのときに流行ってた乃木坂の番組を見ることだったんですよ。

結局それも深みにはまりすぎて、それしか目に入らないというヤバイ状況になってしまいました。

ここでやっと思い出の音楽の話に入ります。

この頃に乃木坂の映画を買いましてそれの挿入歌の「悲しみの忘れ方」という曲を聞いて普通に自分何してるんだろって思いました。

勉強もせずに変なことにうつつ抜かしてバカかって思ったんですよ。

この曲はスローテンポでキレイな楽器の音が特徴的な曲で、直面してる物事から逃げるな的な意味の歌詞(知りたいなら内容は自分で調べて)があってその時の自分にダメ出しされたみたいで明日から勉強しなきゃなって思えたんですよ。

結局次の日こんな曲作れる秋元康神かよってなってもっと深みにはまってしまいました。

ここまでは前置きで本当はLes Misérablesの挿入歌の”I Dreamed a Dream”です。

演劇を観るきっかけになったやつです。

今公演、新人だけの参加になりますが素晴らしい作品を届けたいと思っておりますので、
ぜひ見に来てください。

はじめまして。

はじめまして。冨岡さきと申します。この度、同志社小劇場に入団することに相成りました。
ここでは、さっちゃんと呼ばれています。こんなに可愛らしくて、あどけなく、無垢な名を頂戴して恥ずかしいやら少し嬉しいやら。
愛嬌や無邪気、純心、淳良。私は生まれてこの年に至るまで、これらの美しい気質をボトボトと落としながら走ってきたようです。鼻の先に突きつけられる自己の本性に、もう一層のこと正当化してしまえば良いではないかと投げやりたくなることも度々。けれど、そんな私でも純度を取り戻す瞬間もあるのです。ここだけは絶対に外せないという空気に背筋が伸びたり凍ったり、日頃は優優閑閑と生きているらしい友人の血や涙の滲む努力に触れると、自分の中にまだある"純"としたものを感じる。そうすれば私の中で育った縺れや草臥、嫉妬、欲得に向き合う意思も私に育ってくれる。
大袈裟に示してしまいましたが、いたって平凡なことなのだと思います。私にとってそんな瞬間のひとつに舞台があります。つくるのもみるのも私の生活の中にきちんとあるけれど、尊い。

同志社小劇場の空気を吸うお客様にそのようなドラマティックで、平凡で、尊い瞬間を舞台と対峙する中で過ごしていただけるよう、精進してまいります。
ぜひ、同志社小劇場へお運びください。

I'm not mummy.

どうも、こんばんは!
紹介にあずかりました
生きてる乳酸菌が入った、子供から大人にまで愛される乳酸菌飲料!
森永マミーです。

いいえ、違います。
間宮です!
どちらかというとまみーです!

まみーというのは、ぼくのあだ名でありまして、小学校3年生からはや12年目に突入しております。
このあだ名、初対面の人には
「女の子みたい!」
「お母さん?」
とかとか言われます…
中学校の時の英語の外国人の先生は面白がって、連呼していました。
かと言って、ぼくはこのあだ名が嫌いなわけではありません。
どちらかといえば、よろしいと思っております。ので、引き続き呼んでいただければと思います。

さてさて、先週から一段と寒くなり街は年末ムードに入ったような気がしますが、同志社小劇場では今日も変わらず稽古が行われます。
何か変化があったことといえば、稽古場に今回の舞台に使う大きな直方体がどっしりと居座るようになったことと、稽古場のクーラーがつくようになったことです。
ただし、ぼくは基本的に暑がりなので、クーラーなしで役者の熱だけで稽古場を温めたい派です!!
本番は、お客さんの上着を剥がすほどの役者の熱と、心温まるストーリーをお届けします。
ぜひ!お越しく下さい!!

さて次は、何も言わずとも初めから
「まみー」
とひらがなで書いてくれた「なら」にバトンタッチです!

恋を愛して、愛に恋する

今公演の目標ははひはひはひはひはひはふふふふふははははははははひふへほひふへほはふへほはひへほはひふほはひふへをうまく言えるようになることです。岩越です。

みなさん、愛ってなんだと思いますか?

優しさ?苦しさ?尊さ?厳しさ?前髪をいじること?

こんなものではありません。

私にとって愛とは貢献、皆私に貢げ!(愛くれよ)

今回の私たちの新人公演では愛とは何かについて考えさせられる…かもしれません。

みなさんも自分にとっての愛を確かめに来て見ませんか?

そんな十二月新人公演
『COMPOSER〜響き続ける旋律の調べ』
ぜひ見に来てください。

日時
12月15日18:30
12月16日13:00/18:30
12月17日13:00
料金無料です。

短くも完璧に締めくくった私すごい…天才か…
次のブログは愛される演出のマミーどうぞ

“私”が生きられる場所。

みかんが美味しい季節になりました。
どうも、「みかん」こと、所美華です。

前回、渡辺がすごいブログを書いていたので、私はどうしたらいいのかと散々悩んだ結果、真面目に書こうと思います。
個性的な新人の中で、私はいたって真面目ですから。(自称)


稽古もいよいよ2週目に突入しました。

賑やかというのかカオスというのか…とにかく常にうるさい稽古場ですが、最近では演出や演技プランに対して意見を言い合うような、ピリッとする真面目な場面も多く見られるようになってきました。

来週に1回目の通しがあるなんて、怖すぎてあえて誰も口にしませんが、スタッフワークも含めて新人なりに着々と準備を進めております。



さて、話を変えまして、私の最近の気付きをひとつ。
今年の春、数年前に引っ越した友人に久しぶりに会って話していた時、友人が言ったひとこと。

「私たちは、舞台に立たないと死ぬんだろうね」

それを聞いた時、私は純粋に「ああ、確かに」と思いました。
その彼女の言葉が、私の中にどうしても印象深く残り続けています。


私は小学生の頃から、地元の劇団に所属していました。
初めて舞台に立った時から、すでに12年も経ってるんですって!(人ごとのよう)
19歳で12年間も演劇の沼にはまっているなんて、恐ろしい恐ろしい……
もちろん、12年間延々と演劇に没頭したわけではないですが、ダンス等、ずっと演劇と関連したことに取り組んできたのは確かです。

その友人も、私と同じ劇団に所属し、何度も共に舞台に立った仲間でした。
そんな彼女は今、幼い頃から習っていたダンスを続けています。

私は演劇、彼女はダンス。形は違うものの、お互い“舞台”に立ち続けていることに変わりありません。

彼女も私も、舞台に立たなければ死んでしまうのです。

「そんな大袈裟な」と思われるでしょう。私もそう思います。
舞台に立たなくても、それなり生きていけるはずです。

しかし、友人の言葉を聞いた時、確かに彼女の言う通り、私は死んでしまうのだろうと思ってしまったのです。

後から考え直して、「そんな馬鹿な」と思っても、私の本心はいつまでも友人の言葉を信じている。
それが不思議で不思議で…友人の言葉は一体どういう意味だったのか、ずっと考えていました。


それが、最近になって、ようやく答えに近いものを見つけました。

私の大好きなTEAMNACSさんの、旗揚げ解散公演『LETTER〜変わり続けるベクトルの障壁』のラストシーンに、こんなセリフがあるそうです。

「親愛なる、私が一番大好きな私へ」

1996年の舞台ですから、もちろん観たことはありません。最近、TEAMNACSについて改めて調べていて、初めて知ったセリフです。

これを見たとき、「ああ、これだ」と思いました。
私が死んでしまうと思ったのは、このセリフの中の“私”だったのです。

私は生きているけれど、“私”は死んでしまっている。
そういう状況です。

実際、受験勉強で舞台に立てなかった頃は、この状況に陥っていました。
簡単に言うと、心の中にぽっかりと大きな穴が空いたような感覚とでも言いましょうか、私を創り上げている最も大事な要素の1つが欠けてしまったような、そんな感覚です。


意味不明なことをつらつら書いてしまって申し訳ないです!んぁ〜文才をくれ〜〜!!
ただ、私の演劇に対する、並々ならぬ熱い想いが伝われば嬉しいなぁ〜、と。

そして、12月15日から17日、新町別館小ホールの舞台上で、生きている“私”を観に来ていただけると幸いです!!
この熱い想いを直に感じていただけるよう、私も頑張ります。


さてさて、いよいよ演目が発表されますね!
私たちの舞台にも、きっと観てくださる方の心に留まる“何か”があるはず。

それは、今回の私のように、あなたの悩みを解決するヒントかもしれませんし、あなたを勇気づける魔法の言葉かもしれません。

演劇は一期一会。
是非、あなただけの“何か”を見つけに来てください。


はい、次は岩越にバトンタッチ!
最近、髪を切った彼。髪を切ってから初めて会った時、爆笑してごめんね。

単位を訪ねて三千里

小劇場昔話1 単位取りじいさん

昔昔あるところに、頬に大きな≪単位≫という名のこぶを持つ、二人のおじいさんがおりました。一人目のおじいさんはとってものんきで温厚な性格で、頬にある≪単位≫のことなど全く気にしません。一方、二人目のおじいさんはいつも≪単位≫のことでイライラばかりしていました。
ある日のんきなおじいさんがキャンパスで木を切っていると、雨がポツポツポトポト、おじいさんは慌てて木のうろに潜って雨宿り、そのうちウトウトと寝入ってしまいました。
さておじいさんが起きてみるとあたりから賑やかなお囃子の声が聞こえます。様子をうかがってみると、なんとこのキャンパスに住む教授たちがお酒を飲んで楽しそうに踊っていたのです。あまりに楽しそうなものですからおじいさんもついつい飛び出してピーヒャラドンドン、教授たちもおじいさんに気が付いて、おじいさんの踊りがとっても上手なものでしたから、教授たちも気に入りみんな一緒になって踊ったりしました。
朝になって教授たちが授業に出ようとすると教授たちはおじいさんに明日もまた来るように言いつけ、そのためにおじいさんの右頬の≪単位≫を取り預かってしまいました。単位を取られたおじいさんは「おおっ、単位がない」、傷も痛みもなく≪単位≫はなくなっていたのです。

さてこの話を聞いた二人目のおじいさんは≪単位≫を取ってもらおうとキャンパスへ向かいました。しかし、おじいさんは教授達の怖い顔を見て戦々恐々、震えながら踊ったため、ちっともうまく踊れません。そのため教授達は怒ってさっさと帰れと、おじいさんの左の頬に≪単位≫をくっつけてしまいました。そうして二人目のおじいさんは≪単位≫を二つにして泣きながら帰ってきたのでした。

~この話から得られる教訓~

温厚な人間ほど単位を落すものである。


小劇場昔話2 単位がころりん

昔々あるところに心の優しいおじいさんがおりました。ある日おじいさんがキャンパスへ芝刈りに行き、一休みにとおばあさんの作ったお弁当を広げると中から単位がポトリと転がり落ちまてしまいました。単位はコロコロ山を転がり、おじいさんはあわてて単位を追いかけましたがついに単位は穴の中へ落ちて行ってしまいました。
おじいさんが穴をのぞくと、「単位がころりん、うれしいな」と中から楽しそうな声が聞こえてきます。おどろいたおじいさんが残りの単位を落してみるとさらに楽しそうな声が聞こえてきました。
気になったおじいさんが穴へ潜ると、中にはたくさんの教授がいました。教授たちはおじいさんはお礼をいい、それを聞いたおじいさんはそれから毎日単位を落すようになりました。

ある日、教授たちが穴から出てきて、お礼の品としておじいさんに箱を差し出しました。家に帰っておじいさんが箱を開けてみると、なんと中には「卒業認定」が入っていました。こうしておじいさんとおばあさんは幸せに卒業しましたとさ。

~この話から得られる教訓~

しかし、温厚な人間は単位を取り戻せる。


……この文章を読んで気分を悪くする方がおりましたら、非常に申し訳ありませんでした。以上のものは瀕死の大学生の今際の戯言ですので、このような者は勝手に消えゆくのみでございます。どうぞ気を軽くしてなんなりと……
では、次のブログは、みかんにバトンタッチをしたいと思います。やりにくいとは思いますが、よろしくお願いいたします。
失礼いたしました。

上杉憲実と菅原道真

家が第二のボックスになろうとしている一回生代表の森實です。見慣れぬ漢字かと思いますが、こやつは「ざね」と読みまして、「実」という字の旧字体なんです。
字義的には、充実する・満ちる・育つ・みのる・富・果物・まことなど、結構いろんな意味がありまして、特に最後のまことなんかはあんまりイメージにないかもしれませんね。けれど、よく耳にする言葉でいえば「真実」なんかはこの意味で実が使われています。
ここで題名の話に帰ってくるのですが、この二人の名前その両方に「ざね」という音が入ってるんですよね。最近ざねと呼ばれることが多いのでなんだか親近感。しかも漢字は「実」と「真」二つ合わせたら真実。
「真」の場合読んで字のごとくですが、どっちの漢字も「まこと」という同じ意味を持っていて、同じ音を持っているんです。
名前は与えられたものであって自分で選ぶことはそうそう出来ないもの。下の名前はともかく苗字なんて殆ど意味を考えることをしてこなかった私にとって、なんだかこの発見は誇らしかったりします。
そういえば、もうひとつ最近与えられたものがあります。それは「役」。演出さんに貰って、公演までの約二ヶ月向き合っていく役です。これを表現する舞台の上はある意味嘘がまかり通る、虚構の世界。虚構の世界を生きるその役の「まこと」をどうやって作り上げ、表現していくかが演劇の難しくも面白い所なのかなぁと参加4公演目にして思ったり思わなかったり…。
かの百人一首のさねかずらではないけれど、たまたまざねを名にし負うた者として奮闘しながら役の「まこと」を追求していけたらなーなんて思います。
前置きが長くなってしまいました、今回は最近の諸々について少しお話しをば。
只今、我々は新人公演の稽古に日々勤しんでおります。台本が決まり、キャスティングも終え…。光陰矢の如し、秋の日は釣瓶落としとはよく言ったもので、公演期間6週間あるうちの1週目をあまりの時の早さに怯えながら見送ろうとしています。
演劇を始めてからというもの、時の流れはさらに加速していて、気づいたら春は終わり夏も終わり、ついには秋も終わろうとしているのをこの頃肌で感じ、この分だと、2017年もこの新人公演に打ち込むうちに終わるんだろうなぁと薄ら寒い気持ちにさえなったり。けれどそんな心の寒さを吹き飛ばす出来事がありました。
鍋です。そう、鍋なんです。
先日、Twitterにも載っておりましたが新人のひとり、渡辺くんの家で打ち入りと称して新人公演参加者みんなで鍋をしました。
やっぱり新人だけというのは不安が付きまとう一方、非常に楽しいのも事実で、後者を存分に感じた幸せな1日となりました。おそらく近日中に第2回が開かれるのでは?なんて新たな楽しみも増えたり…。こうやって、楽しいこともしんどいこともみんなで乗り越えていけたらいいなと思います。
演目を発表するのはおそらくもう少し先になりますが、我々なりの「真」が舞台上で「実」を結ぶよう、今日も今日とて稽古に励みますので、ご都合よろしければ12月の15・16・17日は新町別館小ホールにお越しいただければ幸いです!!!
なんだか長くなってしまいました。次は素敵な打ち入りの場を提供してくれた渡辺くんへバトンタッチしたいと思います。なべ、本当にありがとね!!!

「面倒臭い」と「邪魔臭い」

はじめまして。そしてお久しぶりです。
新人公演ブログのトップバッターとなった坂本です。6月公演のグッドバイ以降、ブログを書いてなかったのでいつ私のターンが来るかとソワソワして待っておりました。なんなら一ヶ月前からネタを考えていたくらいです。

最近思ったこと。
「面倒臭い」と「邪魔臭い」って字面からして嫌〜な雰囲気を放っていませんか?

だって「面倒」と「邪魔」ってだけでなんかもうややこしそうな感じがするのに、それが「臭い」を引き連れてきているのですよ。

きっとその「臭い」は、さっきまで美味しそうに見えていたカレーが、服に飛び散って吹いても吹いてもとれなくて、いつまでもカレーの残滓が残っている。そんな、面倒で邪魔な臭いなのでしょう。ああなんて面倒臭くて邪魔臭い。

さて、今の私にとって1番面倒で邪魔なのは、授業ですね。何のために大学に来ているんだという話ですが、演劇の活動が忙しすぎてそれどころではありません。

振り返ってみれば、6月公演の頃は両立させなきゃという意志が強かったです。しかし引退公演では言語の宿題をあきらめ、新人公演では授業に出ること自体を諦めようとしています。このペースで行けば来年には落単決定です。

それだけ自分の大学生活が演劇に傾いているということですね。だからといってそれが悪い事だとは思いません。授業は知識を増やせますが、演劇は人間性を高められるものだと思っているからです。

6月公演ではその役の人生について考え、引退公演では協調性を学び、日々自分が役者としても人間としても成長しているのではないかと感じています。大学生にもなって成長することなんてなかなか無いですからね。授業に出ていなくても胸を張って大学構内を歩いて良いのではないでしょうか。

新人公演では何を得られるのか…。第3次成長期、突入です。

ということで、ここまで読んでくれた人には感謝の意を込めて、半年間角に足をぶつけないおまじないをかけておきます。これで毎日ハッピーに過ごせますね。

次は、下宿先が小劇の第2のホームと化している森實春香にバトンタッチしたいと思います。ちゃんと病院行っとけよ〜
プロフィール
京都の学生劇団、同志社小劇場のブログです。

同志社小劇場

Author:同志社小劇場
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